ブログ小説掌編『呼ぶ声』
このブログは、本体『森人~MORIJIN~』
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びゅおびゅおと、風がうなり声を上げている。
私は耳を澄ます。
そして、安心と落胆が入り混じった表情を浮かべる。
――そう、それでいい。それでいいはずだ。
あれは、まだ私が高校生の頃のことだ。
その日は風の強い日だった。窓ガラスが風にあおられてガタガタと揺れるような日だった。
そんな時、きまってぼんやりとしている同級生が居た。彼は普段は気さくな人間だったが、そんな日に限ってどこかうつろで、よそよそしかった。
普段の態度との違いから、距離をとる人も少なくなかった。
私はその理由を幾度も尋ねたが、いつもあいまいに言葉をにごすだけだった。
その日も、私は彼に尋ねた。
どうせ答えてはくれまい――そう思っていたのだが、その日は違った。
「……誰かが、呼んでるんだ」
彼は眉間にしわを寄せて、苦々しげに答えた。
「呼ぶ? 誰が?」
「知らない。とにかく呼んでるんだ。
『おおい』だったり『助けて』だったり……とにかく誰かが呼んでるんだ。こんな風の強い日には」
それだけだった。
彼はそれ以上語ろうとはしなかった。
もちろん、私にはそんな声は聞こえなかった。
この話は、聞く人によっては精神の異常を疑われるのだろう。だが、私は特に疑問に思わなかった。
そんなこともあるのだろう――それが率直な感想だった。
異常と言えばそうなのかもしれない。もしそうだとしても、それがなんだろう?
少なくとも、私の彼に対する印象を変える程ではない。
翌日、彼は居なくなった。
自宅に居る時に、ふらっと出て行ったきり帰ってこなかったそうだ。
周囲は事件だと騒ぎたて、物好きな人間は素人推理を披露して盛り上がっていたが、私にはそうは思えなかった。
彼はおそらく、声の主に呼び出されたのだろう。それで、そのまま帰ってこなかった、それだけのことなのだ。
それは特別なことではなく、ごく自然な成り行きに思えた。ちょうど、子どもが差し出された大きな手を握ってしまうように。
それでも、彼にとって自分やこの世界は取るに足らないものだと言われたようで、ほんの少しだけ寂しかった。
それから、二年後。
私は実家から離れた大学に進学し、一人暮らしをしていた。
一人になると投げやりなもので、当ても無くぶらぶらしたり、深夜まで本を読みふけったりしつつ、何か物足りないものを感じていた。
その晩も、私は推理小説のページを眠気覚ましにめくりつつ、激しい風の音に耳を澄ませていた。
びゅおお……たす……びゅう……け……。
かすかだが、風の音に人の声が混じっていることに気付く。
それも遠くからではない。間近でささやいているような感じの声だ。
びゅ……たすけ……たすけて……。
今度ははっきりと聞こえた。
「助けて」……声の主は確かにそういったのだ。
しかしなぜ? どうして?
声は勢いを増す。
たすけて……たすけて……たすけて……。
私の手足がいつの間にか震えている。呼んでいる……得体の知れない何かが。
たすけて……たすけて……たすけて……。
呼んでいる……誰かが。
いや、違う。「誰か」ではない。
私は知っている。この声の主を。
たすけて……たすけて……たすけて……。
飛び出していって確認したい衝動を必死で抑える。知っている、会えるものなら、また会いたい。でも、会えばきっと「向こう」に行ってしまう。
恐怖はもう無かった。残っているのは、自分でも理解できない衝動。あまりにも不つりあいな選択に、私は揺れている。理性で比べれば、誰の目にも明らかなのに。
たすけて……たすけて……たすけて……。
声はまだ聞こえている。
私はそばにあった枕を抱きしめ、その声を聞き続けた。眠気は一向に襲ってこない。
やがて窓際が明るくなり始めた頃、いつの間にか声はやんでいた。
外の風景は、いつも通り平穏な物だった。それがどこか寂しく感じた。
私は泣いた。訳もわからず、ただ泣いた。
それ以来、声は聞こえない。
それで良かった。良かったはずだ。
それなのになぜだろう。
いつの間にか、またあの「声」が聞きたいと願っている自分に気付く。それは今日のような風の強い日に湧き上がる衝動である。
私は耳を澄ます。
懐かしいあの声は、今日は聞こえるだろうか。
短編のコンテストに応募しようかと久々に書いてみたら、字数が少し足りなかったのでこちらで公開します。
やはり弱りきった今の実力では、まともに規定通り書くことも難しいようです。
↓ 万が一面白いと思った方は、クリックをお願いします。
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私は耳を澄ます。
そして、安心と落胆が入り混じった表情を浮かべる。
――そう、それでいい。それでいいはずだ。
あれは、まだ私が高校生の頃のことだ。
その日は風の強い日だった。窓ガラスが風にあおられてガタガタと揺れるような日だった。
そんな時、きまってぼんやりとしている同級生が居た。彼は普段は気さくな人間だったが、そんな日に限ってどこかうつろで、よそよそしかった。
普段の態度との違いから、距離をとる人も少なくなかった。
私はその理由を幾度も尋ねたが、いつもあいまいに言葉をにごすだけだった。
その日も、私は彼に尋ねた。
どうせ答えてはくれまい――そう思っていたのだが、その日は違った。
「……誰かが、呼んでるんだ」
彼は眉間にしわを寄せて、苦々しげに答えた。
「呼ぶ? 誰が?」
「知らない。とにかく呼んでるんだ。
『おおい』だったり『助けて』だったり……とにかく誰かが呼んでるんだ。こんな風の強い日には」
それだけだった。
彼はそれ以上語ろうとはしなかった。
もちろん、私にはそんな声は聞こえなかった。
この話は、聞く人によっては精神の異常を疑われるのだろう。だが、私は特に疑問に思わなかった。
そんなこともあるのだろう――それが率直な感想だった。
異常と言えばそうなのかもしれない。もしそうだとしても、それがなんだろう?
少なくとも、私の彼に対する印象を変える程ではない。
翌日、彼は居なくなった。
自宅に居る時に、ふらっと出て行ったきり帰ってこなかったそうだ。
周囲は事件だと騒ぎたて、物好きな人間は素人推理を披露して盛り上がっていたが、私にはそうは思えなかった。
彼はおそらく、声の主に呼び出されたのだろう。それで、そのまま帰ってこなかった、それだけのことなのだ。
それは特別なことではなく、ごく自然な成り行きに思えた。ちょうど、子どもが差し出された大きな手を握ってしまうように。
それでも、彼にとって自分やこの世界は取るに足らないものだと言われたようで、ほんの少しだけ寂しかった。
それから、二年後。
私は実家から離れた大学に進学し、一人暮らしをしていた。
一人になると投げやりなもので、当ても無くぶらぶらしたり、深夜まで本を読みふけったりしつつ、何か物足りないものを感じていた。
その晩も、私は推理小説のページを眠気覚ましにめくりつつ、激しい風の音に耳を澄ませていた。
びゅおお……たす……びゅう……け……。
かすかだが、風の音に人の声が混じっていることに気付く。
それも遠くからではない。間近でささやいているような感じの声だ。
びゅ……たすけ……たすけて……。
今度ははっきりと聞こえた。
「助けて」……声の主は確かにそういったのだ。
しかしなぜ? どうして?
声は勢いを増す。
たすけて……たすけて……たすけて……。
私の手足がいつの間にか震えている。呼んでいる……得体の知れない何かが。
たすけて……たすけて……たすけて……。
呼んでいる……誰かが。
いや、違う。「誰か」ではない。
私は知っている。この声の主を。
たすけて……たすけて……たすけて……。
飛び出していって確認したい衝動を必死で抑える。知っている、会えるものなら、また会いたい。でも、会えばきっと「向こう」に行ってしまう。
恐怖はもう無かった。残っているのは、自分でも理解できない衝動。あまりにも不つりあいな選択に、私は揺れている。理性で比べれば、誰の目にも明らかなのに。
たすけて……たすけて……たすけて……。
声はまだ聞こえている。
私はそばにあった枕を抱きしめ、その声を聞き続けた。眠気は一向に襲ってこない。
やがて窓際が明るくなり始めた頃、いつの間にか声はやんでいた。
外の風景は、いつも通り平穏な物だった。それがどこか寂しく感じた。
私は泣いた。訳もわからず、ただ泣いた。
それ以来、声は聞こえない。
それで良かった。良かったはずだ。
それなのになぜだろう。
いつの間にか、またあの「声」が聞きたいと願っている自分に気付く。それは今日のような風の強い日に湧き上がる衝動である。
私は耳を澄ます。
懐かしいあの声は、今日は聞こえるだろうか。
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by gennsei
| 2015-09-27 16:32
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