ブログ小説短編『完全に不完全』
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――人類が真面目に働かなくなってから、何世代になるだろうか?
私はホットコーヒーを口に運びながら、ぼんやりと考えていた。
コーヒーからはほのかに湯気が立ち、十センチ程度ゆらゆらとのたうって、空間に溶けるように消えていく。まるで、自分の思考を形にしたようだった。
いくら考えたところで、その問題が深刻であるはずもなく、ほんのわずかも思考が進むこともなく消えていく。
座ったまま姿勢を変えると、下の椅子が少しきしんだ。木造の古めかしい椅子だ。
そもそも、あれが発明されてから、人類自身は深刻な問題には直面したことがなかった。それはあまりにも有用で、本来なら人類が解決すべき問題を全て代替してしまったのだから……。
うん。悪くない。……確かに、悪くはないが。
私は口にコーヒーを含んだまま、かすかに顔をしかめた。
しかしまあ……なんだ。こういった個人の些細な問題は、それはそれとして続いていくわけで。
別にこの味が嫌いではない。だが……なんだろう、残念……いや、惜しい。
とにかく、それが発明されてから、「人類」は苦難から解き放たれたわけだ……いやあ、良かった良かった。
「お気に召しませんでしたか?」
落ち着いた声が、やや遠慮がちにそう言った。
私は顔を上げると、声の主――アンドロイドの家政婦、リリーにそう答える。いつまでも、いつ見ても整った容姿の若い女性。アンドロイドだと知らなければ、婚姻届を出したくなる人は山ほど居るだろう。
それ――アンドロイドが量産されるようになってから、人類は真面目に働く必要性がなくなってしまった。たとえ真面目に働いたところで、アンドロイドがそれよりもずっと効率的で正確な仕事をそばでこなしてしまう。
こちらが汗にまみれて、眠気を抑えながら仕事をしている横で、アンドロイドが涼しげな顔でそれよりもずっと早く進めていく――これで頑張れという方が無理だ。
その様子を最初のうちは心理学者や哲学者が、これは人類のアイデンティティの危機だと騒ぎ立てたが、その「権威」たちはいつの間にか忘れ去られて、アンドロイドだけは残った。
それでも宗教的な理由から、いつか機械に裏切られるのではないかという、フランケンシュタインコンプレックスに陥る人々も居たらしいが、今では彼らの広報活動のビラ配りを「神に選ばれた」アンドロイドが行っている。残念ながら、本当に神が選んだかどうかは定かではないが。
「なあ……」
私は空になったカップを置きながら言った。
「はい。なんでしょうか?」
私はわざとらしく椅子の肘掛けを指で突きながら言葉を続ける。我ながら幼稚だと思いつつも、不満をあらわにしたくなったからだ。
「君は正確で確実だ。少なくとも、カタログスペックではそのはずだ」
「ありがとうございます」
リリーは正確無比に頭を下げる。お辞儀の手本としてホログラムに記録しておきたいぐらいだ。
「――なら、どうしてこういった些細なことが完全に出来ない?」
私は空になったカップを指で弾いた。
あのコーヒーは悪くはなかった。人間相手にもし同じ事を言ったら、クレーマー扱いされてもおかしくないだろう。
「申し訳ありません。人間の繊細な味覚等の感覚の再現は、アンドロイドでは困難であり――」
またもお辞儀。
「もういい! 分かった!」
私はリリーが言い終わらないうちに言葉を挟んだ。
いつからだろうか?
私は、正確な、それでいて従順なリリーにかすかな苛立ちを覚えるようになった。
それがはっきりと形になったのは、リリーにもこういったほんのわずかな、誤差ともいうべき間違いが生じると気付いた時だった。
実際に、コーヒーは自分で何度も味見を繰り返して入れる方が、ほんの少しだが美味しかった。
私は見つけた自分好みのその手順をリリーに覚えるように指示したが、結果はこうだった。
――なぜだ? 正確な、人間よりずっと正確なはずだ!?
私は立ち上がると外出用の上着を羽織った。
「どちらに行かれるのですか?」
「お前には関係ない……とにかく外だ」
私はそう言い放つと、さっさと外へと飛び出した。
外は雨音が響いていた。
しかし、真上からの雨粒が届くことは決してない。道路沿いは全て透明な樹脂製の天井が覆っている。その下を、私はとぼとぼと歩いていた。
当てもなく飛び出してきたわけではない。オンライン上で知り合った知人にこのことを相談しようかと思ったのだ。
彼は骨董品やら何やらのオンライン鑑定を専門としており、それ以外の知識も詳しかった。彼なら私よりは論理的な答えを導きだしてくれるだろう。
私は彼の住居兼仕事場に着くと、端末をセンサー部にかざして、事前に彼からもらっていたコードを認証させた。
「やあ、何かあったのか?」
彼はホログラムの鯉の置物から目を離すと、そう挨拶した。
「仕事中、だったら出直そうか?」
「いや、結構」
彼はホログラムのスイッチを切った。
鯉の置物が消えて、台座だけが残る。
「実を言うと、この送ってきたホログラムファイルの解像度が低すぎて、細かい部分が観察できないからもうやめにしようと思ってたところさ」
彼は少し振り向くと、付け加えるように言った。
「もっとも、送って来た側には、細部まで観察してもらってはまずいことがあるのかもしれないけどな」
「多いのか? 偽物とか?」
彼は苦笑いして答える。
「本物の方がずっと珍しいよ。ホログラムファイルで送ってくるのは、ここまで届けるのが面倒か、ごまかして鑑定書だけ欲しい人間だけさ……ま、座ってくれ」
私は勧められるままに椅子に座った。
「それで? 何か相談したいことがありそうだね?」
彼は平然とそう言う。大したものだ。
「おっしゃるとおり。……それだけ解るのなら、占い師にでもなれば良かったのに」
「どんな片手間趣味職業でも、見る目は必要さ。本気で働く気がなくても」
彼はまだ立ったままだ。
「見る目……か。もうしろそれが苛立ちの原因になることもあるのかな?」
「……否定はしないね。それが本日の議題?」
「ああ……そういうことになるな」
私は立ったままの彼に、アンドロイド、特にリリーに関してのことについて話し出した。
それは、自分が最初予想していたものよりもずっと長い話になった。私自身、自分がこれほどまでに不信感に囚われている事に疑問を感じた程だった。
「それはつまり、君はリリーの性能に対して不満がある、と?」
全てを吐き出し終わった時、ようやく彼は相づち以外の口を挟んだ。
「いや、不満じゃない……なんというか、不気味さ、不快感とそれから来る不信感……だと思うが……」
私は言葉に詰まった。
もどかしい。頭では解っているはずなのに、言葉として出力するのは困難だ。
「ふうむ……それはつまり、リリーが正確に命令を実行することを望んでいるのかい?」
「確かに、正確ならそれに越したことはないが、たとえ正確だったとしてもこの苛立ちは直らない……そんな気はするな」
――じゃあ、どうしたいんだ?
自身に問いかけてみるが、答えはない。
ただ一つ確かなことは、一度芽生えたこの不信感は簡単には消えないということだけだ。
根拠があるかどうかが問題ではない。自身の心にしっかりと根を張ってしまったことが問題なのだ。
「君は……なぜ、君の言う『誤差』が生じると思う?」
「正確すぎる内部動作が、不安定な外部の環境に対応し切れていない、外部の不安定性に合わせることが出来ないとか?」
「いいや、違うね」
彼は、立ったままはっきりとそう言った。
「彼らは、知っているのさ。人がどう望んでいて、どうするのが正解なのか、を」
「……は? ならなぜそうしない?」
「いや、リリーは、今もきっとそうしているはずさ。君自身が気付いていないだけで」
「何を言ってるんだ!?」
私はとっさに立ち上がった。
「君は無意識にリリーが些細な失敗を犯すことを望んでいる、不完全な結果に終わることを望んでいるのさ」
「何を根拠にそう言うんだ?」
「君が望む、『完全』なアンドロイドなら、ずっと昔に造られている」
「まさか!」
でたらめだ。そんな話は聞いたことがない。
私の否定が聞こえなかったかのように、彼は話し続ける。
「――でも、量産されなかった。その前の、実験段階で、研究者たちはある欠陥に気付いてしまったから」
「欠陥?」
「――そう。そのアンドロイドには欠陥がなかった。それこそが、人間にとっては最大の欠陥だった」
彼は遠い目をしていた。
「君は完全な人間が存在すると、思うかい?」
「……さ、さあ。全てにおいて完全な人間はおそらく居ないんじゃないか? 少なくとも、知っている限りでは……」
「その通り! だが、そんな『不完全』な人間たちが、『完全』なアンドロイドを作ったらどうする?」
私は答えられなかった。彼はもう完全に私を見ていなかった。
「彼らは、その完全なアンドロイドに嫌悪感と恐怖……いや畏怖の念を抱いた。そして、人の使役する存在である限り、完全であってはならないと、それ以降決して完全なアンドロイドを造らなかった」
私は一歩後ずさりした。よく考えてみれば、彼は長い間、姿勢を崩さずにずっと立ったままだった。
「さて……」
彼の目が再び私を捉えた。ガラス玉のような目だ。
「その後、そのアンドロイドがどうなったか、解るかい?」
「あ……あ……」
――「それ」は、目の前に居る!
そうだ。彼こそがその……人間ならば、あんな長い時間、立ったままで姿勢が崩れないはずがない!
彼の両手がゆっくりと私の首の方に向かって伸びてくる。私は走って逃げることもできず、ゆっくりと後ずさりした。
彼は私をどうするのだろうか?
首を絞めるのか……それとも……。
いずれにせよ、不完全な人間である私には、完全な彼の考えが読めるはずもなかった。
ゆっくりと、それでいて正確な動きで彼の手が迫ってくる。
……不意に、彼の手の動きが止まった。
「ど……どうし……」
「迎えが来たみたいだ。続きはまた今度にしよう」
彼の手が元の位置に戻っていく。
「迎え?」
「行けば解るさ」
もう彼は、私の知っている彼に戻っていた。
玄関ドアを開けると、知っている顔が見えた。
「あまりに遅かったので、お迎えに参りました。さあ、早く……」
リリーはうやうやしく私の手を取った。
私は連れられるまま、放心状態で従った。
その時、ふと妙なことに気付いた。
私はこの場所をリリーに教えたことがあっただろうか?
文章の練習としてちょっと長めに書いてみました。
テーマとしては「完璧な人よりもちょっと欠点があった方が好感が持てる」というのと同じようなものですが……あんまり難しく考えると完結しませんし、それぐらいで良いかもしれません。哲学なんてしたくありませんしね。
ご意見・ご感想等お待ちしています。
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私はホットコーヒーを口に運びながら、ぼんやりと考えていた。
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いくら考えたところで、その問題が深刻であるはずもなく、ほんのわずかも思考が進むこともなく消えていく。
座ったまま姿勢を変えると、下の椅子が少しきしんだ。木造の古めかしい椅子だ。
そもそも、あれが発明されてから、人類自身は深刻な問題には直面したことがなかった。それはあまりにも有用で、本来なら人類が解決すべき問題を全て代替してしまったのだから……。
うん。悪くない。……確かに、悪くはないが。
私は口にコーヒーを含んだまま、かすかに顔をしかめた。
しかしまあ……なんだ。こういった個人の些細な問題は、それはそれとして続いていくわけで。
別にこの味が嫌いではない。だが……なんだろう、残念……いや、惜しい。
とにかく、それが発明されてから、「人類」は苦難から解き放たれたわけだ……いやあ、良かった良かった。
「お気に召しませんでしたか?」
落ち着いた声が、やや遠慮がちにそう言った。
私は顔を上げると、声の主――アンドロイドの家政婦、リリーにそう答える。いつまでも、いつ見ても整った容姿の若い女性。アンドロイドだと知らなければ、婚姻届を出したくなる人は山ほど居るだろう。
それ――アンドロイドが量産されるようになってから、人類は真面目に働く必要性がなくなってしまった。たとえ真面目に働いたところで、アンドロイドがそれよりもずっと効率的で正確な仕事をそばでこなしてしまう。
こちらが汗にまみれて、眠気を抑えながら仕事をしている横で、アンドロイドが涼しげな顔でそれよりもずっと早く進めていく――これで頑張れという方が無理だ。
その様子を最初のうちは心理学者や哲学者が、これは人類のアイデンティティの危機だと騒ぎ立てたが、その「権威」たちはいつの間にか忘れ去られて、アンドロイドだけは残った。
それでも宗教的な理由から、いつか機械に裏切られるのではないかという、フランケンシュタインコンプレックスに陥る人々も居たらしいが、今では彼らの広報活動のビラ配りを「神に選ばれた」アンドロイドが行っている。残念ながら、本当に神が選んだかどうかは定かではないが。
「なあ……」
私は空になったカップを置きながら言った。
「はい。なんでしょうか?」
私はわざとらしく椅子の肘掛けを指で突きながら言葉を続ける。我ながら幼稚だと思いつつも、不満をあらわにしたくなったからだ。
「君は正確で確実だ。少なくとも、カタログスペックではそのはずだ」
「ありがとうございます」
リリーは正確無比に頭を下げる。お辞儀の手本としてホログラムに記録しておきたいぐらいだ。
「――なら、どうしてこういった些細なことが完全に出来ない?」
私は空になったカップを指で弾いた。
あのコーヒーは悪くはなかった。人間相手にもし同じ事を言ったら、クレーマー扱いされてもおかしくないだろう。
「申し訳ありません。人間の繊細な味覚等の感覚の再現は、アンドロイドでは困難であり――」
またもお辞儀。
「もういい! 分かった!」
私はリリーが言い終わらないうちに言葉を挟んだ。
いつからだろうか?
私は、正確な、それでいて従順なリリーにかすかな苛立ちを覚えるようになった。
それがはっきりと形になったのは、リリーにもこういったほんのわずかな、誤差ともいうべき間違いが生じると気付いた時だった。
実際に、コーヒーは自分で何度も味見を繰り返して入れる方が、ほんの少しだが美味しかった。
私は見つけた自分好みのその手順をリリーに覚えるように指示したが、結果はこうだった。
――なぜだ? 正確な、人間よりずっと正確なはずだ!?
私は立ち上がると外出用の上着を羽織った。
「どちらに行かれるのですか?」
「お前には関係ない……とにかく外だ」
私はそう言い放つと、さっさと外へと飛び出した。
外は雨音が響いていた。
しかし、真上からの雨粒が届くことは決してない。道路沿いは全て透明な樹脂製の天井が覆っている。その下を、私はとぼとぼと歩いていた。
当てもなく飛び出してきたわけではない。オンライン上で知り合った知人にこのことを相談しようかと思ったのだ。
彼は骨董品やら何やらのオンライン鑑定を専門としており、それ以外の知識も詳しかった。彼なら私よりは論理的な答えを導きだしてくれるだろう。
私は彼の住居兼仕事場に着くと、端末をセンサー部にかざして、事前に彼からもらっていたコードを認証させた。
「やあ、何かあったのか?」
彼はホログラムの鯉の置物から目を離すと、そう挨拶した。
「仕事中、だったら出直そうか?」
「いや、結構」
彼はホログラムのスイッチを切った。
鯉の置物が消えて、台座だけが残る。
「実を言うと、この送ってきたホログラムファイルの解像度が低すぎて、細かい部分が観察できないからもうやめにしようと思ってたところさ」
彼は少し振り向くと、付け加えるように言った。
「もっとも、送って来た側には、細部まで観察してもらってはまずいことがあるのかもしれないけどな」
「多いのか? 偽物とか?」
彼は苦笑いして答える。
「本物の方がずっと珍しいよ。ホログラムファイルで送ってくるのは、ここまで届けるのが面倒か、ごまかして鑑定書だけ欲しい人間だけさ……ま、座ってくれ」
私は勧められるままに椅子に座った。
「それで? 何か相談したいことがありそうだね?」
彼は平然とそう言う。大したものだ。
「おっしゃるとおり。……それだけ解るのなら、占い師にでもなれば良かったのに」
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彼はまだ立ったままだ。
「見る目……か。もうしろそれが苛立ちの原因になることもあるのかな?」
「……否定はしないね。それが本日の議題?」
「ああ……そういうことになるな」
私は立ったままの彼に、アンドロイド、特にリリーに関してのことについて話し出した。
それは、自分が最初予想していたものよりもずっと長い話になった。私自身、自分がこれほどまでに不信感に囚われている事に疑問を感じた程だった。
「それはつまり、君はリリーの性能に対して不満がある、と?」
全てを吐き出し終わった時、ようやく彼は相づち以外の口を挟んだ。
「いや、不満じゃない……なんというか、不気味さ、不快感とそれから来る不信感……だと思うが……」
私は言葉に詰まった。
もどかしい。頭では解っているはずなのに、言葉として出力するのは困難だ。
「ふうむ……それはつまり、リリーが正確に命令を実行することを望んでいるのかい?」
「確かに、正確ならそれに越したことはないが、たとえ正確だったとしてもこの苛立ちは直らない……そんな気はするな」
――じゃあ、どうしたいんだ?
自身に問いかけてみるが、答えはない。
ただ一つ確かなことは、一度芽生えたこの不信感は簡単には消えないということだけだ。
根拠があるかどうかが問題ではない。自身の心にしっかりと根を張ってしまったことが問題なのだ。
「君は……なぜ、君の言う『誤差』が生じると思う?」
「正確すぎる内部動作が、不安定な外部の環境に対応し切れていない、外部の不安定性に合わせることが出来ないとか?」
「いいや、違うね」
彼は、立ったままはっきりとそう言った。
「彼らは、知っているのさ。人がどう望んでいて、どうするのが正解なのか、を」
「……は? ならなぜそうしない?」
「いや、リリーは、今もきっとそうしているはずさ。君自身が気付いていないだけで」
「何を言ってるんだ!?」
私はとっさに立ち上がった。
「君は無意識にリリーが些細な失敗を犯すことを望んでいる、不完全な結果に終わることを望んでいるのさ」
「何を根拠にそう言うんだ?」
「君が望む、『完全』なアンドロイドなら、ずっと昔に造られている」
「まさか!」
でたらめだ。そんな話は聞いたことがない。
私の否定が聞こえなかったかのように、彼は話し続ける。
「――でも、量産されなかった。その前の、実験段階で、研究者たちはある欠陥に気付いてしまったから」
「欠陥?」
「――そう。そのアンドロイドには欠陥がなかった。それこそが、人間にとっては最大の欠陥だった」
彼は遠い目をしていた。
「君は完全な人間が存在すると、思うかい?」
「……さ、さあ。全てにおいて完全な人間はおそらく居ないんじゃないか? 少なくとも、知っている限りでは……」
「その通り! だが、そんな『不完全』な人間たちが、『完全』なアンドロイドを作ったらどうする?」
私は答えられなかった。彼はもう完全に私を見ていなかった。
「彼らは、その完全なアンドロイドに嫌悪感と恐怖……いや畏怖の念を抱いた。そして、人の使役する存在である限り、完全であってはならないと、それ以降決して完全なアンドロイドを造らなかった」
私は一歩後ずさりした。よく考えてみれば、彼は長い間、姿勢を崩さずにずっと立ったままだった。
「さて……」
彼の目が再び私を捉えた。ガラス玉のような目だ。
「その後、そのアンドロイドがどうなったか、解るかい?」
「あ……あ……」
――「それ」は、目の前に居る!
そうだ。彼こそがその……人間ならば、あんな長い時間、立ったままで姿勢が崩れないはずがない!
彼の両手がゆっくりと私の首の方に向かって伸びてくる。私は走って逃げることもできず、ゆっくりと後ずさりした。
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いずれにせよ、不完全な人間である私には、完全な彼の考えが読めるはずもなかった。
ゆっくりと、それでいて正確な動きで彼の手が迫ってくる。
……不意に、彼の手の動きが止まった。
「ど……どうし……」
「迎えが来たみたいだ。続きはまた今度にしよう」
彼の手が元の位置に戻っていく。
「迎え?」
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by gennsei
| 2014-10-13 17:40
| 茶森人(ブログ小説)
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at 2014-10-21 15:52
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ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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by
gennsei at 2014-10-22 22:46
>ねぎとろさんへ
当ブログの管理人の異端者と申します。
『the TRIAL』を含む公開中ゲームは、実況等の許可は不要です。
ただし、自己責任及び、ゲーム本体の配布は要許可となります。
当ブログの管理人の異端者と申します。
『the TRIAL』を含む公開中ゲームは、実況等の許可は不要です。
ただし、自己責任及び、ゲーム本体の配布は要許可となります。
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by
ねぎとろ
at 2014-10-23 20:19
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ありがとうございます!!